おれはやっとのことで十階の床ゆかをふんで汗を拭った。 そこの天井は途方もなく高かった。全體その天井や壁が灰色の陰影だけで出來てゐるのか、つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからなかった。 (さうだ。この巨きな室にダルゲが居るんだ。今度こそ會へるんだ。)とおれは考へて一寸胸のどこかが熱くなったか熔けたかのやうな氣がした。 高さ二丈ばかりの大きな扉が半分開いてゐた。おれはするりとはいって行った。 室の中はガランとしてつめたく、せいの低いダルゲが手を額にかざしてそこの巨きな窓から西のそらをじっと眺めてゐた。 ダルゲは灰色で腰には硝子の蓑を厚くまとってゐた。そしてじっと動かなかった。 窓の向ふにはくしゃくしゃに縮れた雲が痛々しく白く光ってゐた。 ダルゲが俄かにつめたいすきとほった聲で高く歌ひ出した。 西ぞらの ちぢれ羊から おれの崇敬は照り返され (天の海と窓の日覆ひ。) おれの崇敬は照り返され。 おれは空の向ふにある氷河の棒をおもってゐた。 ダルゲは又じっと額に手をかざしたまま動かなかった。 おれは堪こらへかねて一足そっちへ進んで叫んだ。 「白堊系の砂岩の斜層理について。」 ダルゲは振り向いて冷やかにわらった。