193.1 第182話【前編】


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Oct 04 2024 11 mins   13


「おい。あれ。」

吉川が妙なものを見るような声を出したため、相馬と児玉は彼の指す方を見た。
窓の外に自動小銃を小脇に抱えてこちらの方に悠然と歩いてくる男の姿があった。
咄嗟に相馬は本部に照会をとった。

「駅交番から本部。」
「はい本部。」
「音楽堂の方面から鼓門方面に徒歩で移動する、武装した男一名あり。」
「それが椎名賢明だ。」
「椎名は何を?」
「予定より少し早いがウ・ダバをおびき寄せることになった。」
「この状況下でですか?商業ビルの状況もまだ把握できていないのに?」

貸せと言って児玉が相馬から無線トランシーバーを取り上げた。

「本部、本部。こちら駅交番、共同作戦を担当する自衛隊の児玉です。」
「自衛隊?」

自衛隊という単語を無線から聞き、本部の通信員は一瞬ひるんだように感じられた。

「警察の作戦は承知しているが、この状況でウ・ダバを引き込むのは更なる混乱を招く恐れがある。第一椎名の装備がおかしい。」
「装備がおかしいとは?」
「小銃を携行するのは別に問題ないが、背中に背負っているアレはRPGだ。」
「RPG?」

児玉が説明する状況を本部の人間はどうも理解できていないようである。

「意図を持った装備だ。椎名の姿は映画のランボーそのものだ。小銃にはグレネードランチャーまで装着されている。あれは完全に敵側を自分の手で殲滅するための装備だ。誘引するだけの意図のものでない。」
「椎名はテロリスト朝戸に成り代わって、金沢駅に出現する。そのシナリオに沿った行動だとすれば、特段やり過ぎとは思えない。朝戸は制御不能かもしれないが、椎名は制御可能だ。」
「しかし椎名は朝戸とは違う。素人があの手の重武装をしても脅威はない。だが万が一にあれが別の意図を持った武装だとしたら、事態は収拾がつかなくなる。椎名を止めてください。」

このやりとりをしている間に別無線が本部に繋がった。

「古田より本部。」

商業ビルに向かい、無線が途絶していた古田からだった。

「はい本部岡田。古田さん大丈夫ですか?」
「大丈夫や。それよりも厳重に注意しろ。」

この古田の警告に岡田は身体を硬直させた。

「なんですか。」
「武装した朝戸が既に現場に入っとる。」
「え!?」
「商業ビル7階で銃を乱射したのは朝戸慶太や。ワシがこの目で確認したところ、民間人10名と警察官3名殺害。そのほかにも犠牲者は居るかもしれん。」
「そんなに…。」
「現在、この7階にはワシと山県久美子、久美子の勤務先のオーナーの3名や。すぐに安全確保のため、相応の人員を派遣して欲しい。」
「いま機動隊が向かっています。」
「どれだけで到着する?」

間を置かずに現場機動隊がこの古田の問いかけに応答した

「商業ビル班より7階。」
「はい7階。」
「今5階だ。もうすぐ着く。」
「犯人はカラシニコフを所持。相応の武装をしている。7階までは十分に注意して来られたい。」
「了解。」

無線のやりとりを聞いていた片倉から表情が消えていた。

「本部、本部。こちら駅交番、椎名への対応至急求む。」
「本部より駅交番。」

片倉がマイクに口を近づけた。

「はい。駅交番。」
「本部統括の片倉だ。椎名の行動は警察側で承認を得たものだ。ここにきて撤回はない。」
「いまの古田さんの報告でわかったでしょう。朝戸はもうここにいるんです。あいつはあいつなりのテロをもう始めているんです。ここで椎名が更にテロの狼煙を上げるようなことになると、事態が収拾できなくなります!」
「良いから外野は黙ってろ!」

この片倉の一喝は児玉以外の無線を聞いていた関係者全員に伝わっている。音を届けるはずの無線が沈黙した瞬間だった。

「椎名の出方を見てからや。まだ椎名は何もやっとらん。」

確かにそうだ。椎名の武装は度が過ぎているかもしれないが、テロリストをおびき寄せる役を担うのだ。危険な役割であるには違いない。それに偶然、ここに武装した朝戸が乱入してきた。椎名と朝戸は仲違いとなっている可能性もあり、そうなると椎名の安全面にも不安がある。

「じゃあ警察はあの装備をどうやって用意したんですか。」

児玉が片倉にかみついた。

「あんなもの警察で用意できるわけがない。」

これには数秒の間を持って片倉が回答した。

「椎名から事前に用意せよとの指示があった。」
「椎名から?」
「そうだ。」
「どうして。」
「だから外野は黙ってろ。」

こう言って片倉は一方的に駅交番との無線を打ち切った。

「どういうことだ…。」

児玉は困惑した様子で吉川を見た。吉川はライフルバッグを開いて、そこから小銃を取り出している。

「警察には警察の考えがあるんだろう。今から俺らは警察をフォローする。」
「特務本部からか。」
「ああ。あいつらもすぐそこまで来ているとさ。」
「あいつら?」

相馬が二人の会話に割って入った。

「珍しいからよく見ておけ。」

吉川は不敵な笑みを漏らした。
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商業ビルから逃げ出した人を機動隊が音楽堂まで誘導する。大方の民間人が避難できたのを確認しての椎名のこの移動だったので、彼の様子を見て更なる混乱を来すようなことは、幸い無かった。この辺りの段取りの良さはさすが椎名であった。彼の姿を見て驚かない者はいない。まさに先ほど児玉がランボーそのものと評したとおりの姿だからだ。

「おい。なんだこの格好は。」

金沢駅に向かう車の中で、現場から送られてきたライブ動画を見ながらヤドルチェンコは呟いた。

「ははは。まるで怒りのアフガンみたいですね。」

ヤドルチェンコと同じモニターを見ていた隣に座る男が笑った。

「格好なんかどうでも良いじゃないですかボス。あれですよ。こいつも俺らに加わって派手にやらかすんですよ。」
「…。」

ヤドルチェンコは彼を無視するようにモニターを見つめた。

「ボス。」

助手席の男がヤドルチェンコを呼ぶ。

「なんだ。」
「現場から連絡です。はじめて良いですか。」

ヤドルチェンコは時計を見た、時刻は17時半だった。

「予定より早いですが。」

モニターに映る椎名は思ったよりも速い足取りで鼓門へ移動している。

「ボス。」
「…。」
「遅刻はマズいですぜ。」
「なに言ってんだ、あっちが勝手にフライングしたんだろう。」
「とは言え、タイミングってもんがあります。」

分かっていると言ってヤドルチェンコは10秒ほど黙った。

「…始めろ。」

こう言うと車は信号で止まった。ヤドルチェンコが乗る車は今、金沢駅から目と鼻の先。車で3分の距離、広岡の交差点だった。

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現場1「不審な車両が猛スピードで金沢駅に向かっています。」

テロ対策本部に入った無線に岡田が反応した。

岡田「詳細送れ。」
現場1「武蔵が辻の交差点を時速90キロで走行。信号無視です。そのままスピードを落とさず金沢駅に向かっています。やがて別院通り口交差点の検問にぶつかります。」
岡田「止めるな。」
現場1「いいんですか?」
岡田「いい。予定通りだ。下手に止めに入ってけが人が出たら大変だ。注意せよ。」
現場1「了解。」
岡田「本部よりマサさん。」
森本「はい。」
岡田「予定通り車両がそっちに向かった。別院通り口をやがて通過する。椎名の警護に万全を期されたい。」
森本「椎名の様子はそちらでもライブで確認されていますか。」
岡田「あぁ。」
森本「ご指示の通りの装備をさせ、放出ました。」
岡田「他の機動隊員は。」
森本「椎名から車両内での待機を命じられています。」
岡田「なにっ聞いてないぞ。」
森本「爆破の合図でウ・ダバはどこからともなく攻撃を仕掛けてくる。そうなったらこの車両ごともてなしドームに突っ込んで弾よけに使えとのことです。」
岡田「なに?」
森本「それなりの銃撃戦が予想されるから、すこしでも遮蔽物が多い方が良い。そう後で本部に報告しておいてくれと言われました。」

そのような措置は聞いていない。だが事ここに至ってそのようなことを言っていては現場に混乱が走る。岡田は了解したと言った。

森本「ところで椎名は本当にあの手の武器を使いこなせるんですか。」
岡田「使いこなせなかったら、何のコスプレだ。」
森本「にしても物騒すぎます。」
岡田「貴重な戦力なんだ。今の俺らにとって。SAT同様に。」
現場2「車両、別院通り口検問突破。」

とうとうこの片田舎の駅舎で激しい銃撃戦が始まるのだ。
途端に無線を聞く全員に緊張が走った。