194.1 第183話【前編】


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Oct 25 2024 17 mins   11


外国人観光客の保護を名目に、ウ・ダバの制圧を試みる。それがトゥマンの当初計画だった。だが、その仕込みの外国人観光客が全員殺されてしまった。そのため彼らを保護する行動という名目はなくなってしまった。
先ほどから仁川と無線連絡を取ろうとするも応答はない。

爆発音

トゥマンA「少佐による合図です。」

轟音と共に金沢駅のもてなしドームが煙に覆われた。

トゥマンA「爆発と同時に車両火災が発生した模様。炎と黒煙が上がっています。視界不良。」

この状態ではこちらから伝令を寄こすのも難しい。

トゥマンA「隊長。」

商業ビルの状況を知った上での仁川のこの爆破かどうかは分からない。しかしだからと言ってここでの撤退はあり得ない。アルファの犠牲についてはひとまず置いておこう。そうベネシュは仕切り直した。

ベネシュ「ベータ、ガンマ。聞こえるか。」
トゥマンB「ベータ聞こえます。」
トゥマンC「ガンマ聞こえます。」
ベネシュ「突入開始だ。対象ウ・ダバ。やつらを制圧せよ。」
トゥマンB「了解。」
トゥマンC「了解。」

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爆発音

神谷「始まったか。」

雨に濡れるビルの屋上にいた神谷はフィールドスコープを使って、その様子を見た。
鼓門の下は燃え上がる車両の煙によって視界が遮られていた。

神谷「神谷より一郎。」
一郎「はい一郎。」
神谷「現場の状況はどうだ。」
一郎「爆発を受けてウ・ダバらしき連中がもてなしドームに突入していきます。」
神谷「数は。」
一郎「ざっと見て30。」
神谷「結構いるな。」
一郎「はい。銃を乱射して突撃する感じです。組織だった動きではありません。個人プレーです。」

神谷の耳にも銃の連射音が聞こえた。

神谷「烏合の衆か。」
一郎「そうですね。ですが、装備が充実しています。」
神谷「というと。」
一郎「何名かはRPGを背負っています。きっと手榴弾も装備しているでしょう。あ、SATが突入しました。」

ここで再び何かが爆発する音が聞こえた。

一郎「今、手榴弾が爆発しました。悲鳴が聞こえます。視界不良のためよく分かりませんが、けが人もしくは犠牲が出たものと思われます。」
神谷「SATにか。」
一郎「はい。」

神谷は舌打ちした。

次郎「カシラ。」

横にいた次郎が呼んだ。

神谷「なんだ。」
次郎「もてなしドームの地下広場に武装した外国人の存在多数との情報。アルミヤではないかと思われます。」
神谷「来たか…。」
ーうー
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ベータリーダー「突入開始だ。対象ウ・ダバ。やつらを制圧せよ。」
ベータC「了解。」
ベータD「了解。」

トゥマンのベータ班リーダーが指で上を指す。
彼らはそのまま何の言葉も発さずに動き出した。地下広場からもてなしドームに上がる階段まで来る。
Vサインを作って二手に分かれて行動するようサインを送ると、彼らは整然と無言のまま階段を駆け上がった。

ベータリーダー「SATは無視しろ。ウ・ダバを殲滅する。速やかに少佐と合流、身柄を保護せよ。」
ベータC「了解。」

頭を撃ち抜く音

今ほど了解と言った男がその場に崩れ落ちた。
彼が崩れ落ちる向きと反対側の上空を仰ぎ見たリーダーは戦慄した。

ベータリーダー「снайпер(スナイペル)スナイパー!」

叫んだリーダーは物陰に身を隠し、トゥマン全員に注意を促した。

ベータリーダー「ここから2時の方向にホテルがある。その上にснайпер(スナイペル)スナイパーがいる!」

こう言い終わる前にさらにひとりが狙撃され、絶命した。

ベータC「лидер(リデル)リーダー!」
ベータリーダー「なんだ…これじゃあ、身動きがとれんぞ…。」
ベータC「снайпер(スナイペル)スナイパーがいるホテルを先に制圧しますか。」
ベータリーダー「いやそれは無理だ。あすこには逃げ込んだ民間人と警察がうようよしている。」
ベータC「じゃああのснайпер(スナイペル)スナイパーは警察の?」
ベータリーダー「わからん。」

トゥマンベータ班のひとりが物陰から物陰に移動した。

狙撃音

彼はその場に倒れた。

ベータリーダー「Боже мой…(ボージェ モイ)なんてことだ…。こいつは凄腕だぞ…。」
ベータC「隊長に判断を仰ぎましょう。」

リーダーは頷いた。

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金沢駅、もてなしドームの天井を覆うアーチが立ち上る煙と爆発で黒く染まる。
あたりには火の粉が舞い、焦げた金属と瓦礫が雨のように降り注いでいた。
SATの隊員たちが無線で指示を飛ばしながら、ドームの内部へと突入する。その目の前に、血だらけで倒れ込むSAT隊員の姿があった。

SAT壱「くそっ!やられている!」

SATの一人が風によって薄れゆく煙幕の中でその異変を見つけ、駆け寄った。
ヘルメットを被ったままの隊員の顔は瓦礫に埋もれている。なんかとか瓦礫をを除けるとヘルメット越しに彼の表情が見えた。目は閉じ、口元からは血が滲み出ている。

SAT壱「しっかりしろ!聞こえるか!」

SAT隊員は必死に彼の体を揺さぶった。彼の手が血に濡れ、その指先にかすかな脈が伝わる。
それを確認したSAT隊員は、無線に向かって叫ぶように報告した。

SAT壱「こちら鼓門下。負傷者あり。意識はない。救援求む!」

間もなくふたりの隊員が担架を持って救援に駆けつけた。

SAT壱「意識がない。こいつを後方に退かせてくれ。」
SAT弐「了解。」

彼らは倒れる隊員を担架に乗せた。

SAT壱「援護する。頼むぞ。」

隊員の援護射撃を受けながら、二人は駆け出した。
徐々に視界が晴れていく。
自分たちは瓦礫の中にある。
そこかしこから銃弾が飛び交う。
銃弾に倒れ、明らかに息をしていないウ・ダバの構成員らしき男を足下に見ながら駆ける。
ただひたすらに駆ける。
身をかがめて。
この場はまさに戦場そのものだ。
まさかこの日本の片田舎で戦場が発生するとは。こう感じたのは担架を担ぐ彼らだけの感想ではない。この場にいる人間全員がそう思ったことだろう。

椎名 ーそうだ。これでいい。

椎名は心の中で笑っていた。SAT隊員たちの焦燥と混乱は、彼にとってはまるで心地良い音楽のようであった。
彼は「負傷者」として倒れ込むことで、戦場の秩序を崩壊させることに成功していた。担架に乗せられて前線を離脱する中、椎名は指を静かに動かし、ヘルメットの中に装着されていた無線マイクに向かって囁いた。

椎名「商業ビル後方にアルミヤプラボスディアらしき姿を確認。自衛隊には速やかな対応を求む。」

その声は冷静で落ち着いており、まるで指揮官のような響きさえも与えた。
彼の声色は完璧に「味方」のものだった。周囲の隊員たちは何の疑いもなくそれに応じて動き始めた。

SAT指揮官「了解。自衛隊に協力を仰ぐ。SATはこのままウ・ダバ制圧に戦力を傾注されたし。」

この応答を椎名は嘲笑をもって受け止めていた。
無線で送られる彼の指示は、あえて混乱を招くように巧妙に計算されていたものだったからだ。
椎名はアルミヤプラボスディアの位置を敢えて誤って伝えた。これもアルミヤプラボスディアとSATをわざと鉢合わせさせて交戦状態にさせ、誤った場所に自衛隊を誘導し、彼らの投入に空白時間を持たせることを意図しているものだった。

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もてなしドームから数百メートル離れた、駅に隣接するビルの屋上。
一人の男がタブレットと十数個程のコントローラーに囲まれていた。
ウ・ダバのドローン指南者アサドである。
痩せた体に薄汚れたTシャツ、皮脂でぺったりとした頭髪。彼の見た目は戦士というよりも、機械に執着するエンジニアそのものだった。

A「おい、アサド。」
アサド「はい。」
A「雨だぞ。結構降ってる。風も出てきた。こんなので大丈夫か。」
アサド「問題ありません。それなりにちゃんとしたドローンです。」
A「いや、風に煽られて味方に突っ込んじまったらどうするんだ。」
アサド「自分に言われても困ります。ボスに言ってください。」
A「馬鹿野郎。言えるかよ。なんだその態度。」

アサド ークソが…、口先ばっかのへたれ野郎め。

アサドはドローン班のメンバーに苛立ちを隠せずにいた。必然その声には怒りが滲んでいる。
ビル屋上でドローン投入をスタンバイするアサド以外の連中は、鼓門の下で発生した爆発の大きさに彼らは戸惑いと怯えを感じていた。

B「銃撃戦が始まっているみたいだ…。」
A「ここにこいつら突っ込ませて、俺らの居場所がバレたら、やられるぞ…。」

どうやら彼らは一方的なテロ行為を想定していたらしい。何の抵抗もできない無辜の市民を虐殺する。このイメージしかなかったようだ。それがどうだ。鼓門下の爆発を契機に銃撃戦が始まった。やるかやられるかの戦闘状態に入ったのである。

アサド「ターゲットはもてなしドームの中です。気象状況や煙幕に惑わされないでください。ちゃんと飛びます。これくらいの雨なら。」

下っ端扱いだったアサドの肝だけが据わっている。アサド以外の連中はビジネステロリストとしての色が濃い。ここで死んでしまっては何の得るものもない。仕送りを待つ家族にも会えないし、手に入れた金で遊興にふけることもできない。
このような彼らの姿はアサドの目にはただの「無能」としてだけ映った。

リーダー「なぁアサド。」
アサド「はい。」
リーダー「バレねぇよな。」
アサド「何がですか?」
リーダー「俺らの居場所だよ。」

アサドはスコープで周囲の状況を見た。
ここから見える範囲でビルの屋上に潜む人員が何名か確認される。ただ考えることもなくドローンを逐次投入していれば、おそらくすぐにドローンの出所はここだと特定されることだろう。そうなればここに火力は集中され、瞬時に制圧される。だからアサドらができる爆撃方法はひとつ。一斉爆撃だ。一度に全てのドローンを戦場に投入するしかない。そのためにアサドは一人で5機のドローンを同時に操縦できるようプログラムを組んだのだ。ここにいる5人が全員、5機のドローンを操り、ウ・ダバ以外の勢力に攻撃を仕掛ける。さすればこちらの居場所を特定されることなく爆撃は完了し、離脱を図れるだろう。

ヤドルチェンコ「ドローン班聞こえるか。」

ヤドルチェンコの声だ。

リーダー「はい。ドローン班。」
ヤドルチェンコ「やれ。」
リーダー「了解。」

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